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アロイマーと岸野さん [映画]

宇仁菅書店の特別営業で見つけた一冊の本。

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猫好きの習性として、文字に「猫」とあるとつい反応してしまうのだが、実際はそれほど猫というキーワードで読書をしているわけではない。しかし、この時は映画に関する書籍で、しかもその著者は岸野令子さんだった。それは手にしないわけにはいかない。ページを繰っているうちに、20年前の記憶がよみがえってきた。

20年前、父が二度目の脳内出血で倒れ、入院している天神橋筋六丁目(天六)にある病院に通っていた。その頃は会社をやめたばかりで、次の職を得るまでのつなぎとして、16ミリフィルムのレンタルと映画会の興業を行う小さな会社でアルバイトをしていた。母も仕事が忙しく、交代で病院へ通って、父の衣類やタオルなどの洗濯物を取りに行くという毎日だった。父はもう動くことも話すこともできなくなっていた。

天六に通っていると、食事もその近辺で済ませることが多くなった。関西大学二部(夜間)の校舎の前に、小さなタイ料理店があった。学生時代に卒業旅行のトランジットで寄ったバンコクで食べた料理が忘れられず、それ以来、タイ料理は大好物なのだが、調味料や材料の仕入れが難しいのか、結構な値段がする。それでも「ちょっと高すぎるだろう」という不満が常にあって、そう頻繁にタイ料理は食べられなかったのだが、この店の価格設定はちょっと違っていた。

アロイマー(タイ語で「とてもおいしい」という意味)というそのタイ料理店は、Oさんという女性が切り盛りする小さなお店だった。Oさんご自身もOL時代にタイ料理にはまり、日本のタイ料理があまりにも高いことに不満を感じていらっしゃったようで、それならばとご自分でお店を始められたとお聞きした。とても感じのいいお店で料理も素晴らしく、そして値段も安かった。殺伐とした日々の中、アロイマーを訪ねると心が癒されたものだ。

ある日、仕事でお世話になっていた豊中市中央公民館の方から、市民向けに映画の連続講座を開きたいので講師を探しているという相談を受けた。そんなことをアロイマーのOさんに話しかけたところ、このお店に通っている方で、映画パブリシストの岸野さんという方がいらっしゃるということを教えてくださった。その頃はインターネットもない時代なので、その方についての情報を集めることができない。いろいろなつてで、少しだけ情報が入り、ぜひお会いしてみたいと思った。そして、アロイマーで岸野さんとお会いすることになった。

岸野さんはざっくばらんな話し方で接してくださり、初対面でも緊張することなく、映画についていろいろお話することができた。この時は、ジェーン・カンピオン監督の『ピアノ』や、『森の中の淑女たち』『北京好日』といった映画について楽しく話したのだが、やはりジェンダーの問題について考えることが多かったような気がする。特に『森の中の淑女たち』『北京好日』という対照的な映画をめぐって、『森の中の淑女たち』の女性たちが孤立しても互いにいたわりあうのに比べ、『北京好日』ではよく知っている者同士のはずの男性が集まって喧嘩を始めてしまう場面を比べ、感想を言い合ったのが面白かった。

幸いにも映画講座の講師を引き受けてくださり、一度だけ一回目の講座が終わった後に会場を訪れた。受講者は年配の人が多いとのことで、古い日本映画に焦点が当てられたようだったが、山田洋次監督の『男はつらいよ』の寅さんについての岸野さんの言及はちょっと不評だったようだ。いわく、「寅さんは童貞ではないか」というものだった。わたしはそれを知って、手を叩いて喜んだものだったが、多くの寅さんファンにはそのような言い方は不愉快極まりないものだったようだ。寅さん風に言うと「それを言っちゃあ、おしめえよ」だったのかもしれない。

その後、めでたく新しい仕事を得ることができて、しばらくは岸野さんにも職場の近況などをお伝えしていたのだが、そこをやめてからはすっかりご無沙汰している。今は映画と関係ない仕事をしていて、かつてあれほどたくさん見ていた映画もほとんど見なくなってしまった。それでも、根っこのところは変わっていないのだなと思う。それは今回この本を読んだ感想そのままである。

それにしても...
宇仁菅書店の書棚はすごいなと。
わたし個人のこととはいえ、この数か月、思い起こすことが多くてびっくりしている。
あの書棚には様々な仕掛けがあったにちがいない。


ネコナデ+散歩 [映画]

今日は朝からこの映画を観ようと決めていました。


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「ネコナデ」です。
昨日から台湾で上映されています。


しかし、上映時間を間違えてしまい、時間をつぶさなければいけなくなりました。



仕方がないので映画館の付近を散歩してみました。
普段はあまり歩かないところですが、
これがなかなかいい散歩になりました。



大通りから少しだけ外れた路地に入ると、こんな景色がありました。



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ここからは台湾大学のキャンパス。



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明日は台湾大学の卒業式ですが、それより前にこうやって写真を撮るのが台湾の習慣です。アルバムにしたりするのでしょうね。親子での撮影が多くて微笑ましかったです。


肝心な映画の方は更に時間を間違えていて結局上映は夜だったのですが、いい散歩ができたので、そんなことはどうでもよかったりしています。まあ、今日はひまだったということです。


そしてその映画ですが、いやいや、なかなかよかったです。
いわゆる「ちっちゃい動物はとにかく可愛い!!」というだけの映画ではありませんでした。大杉漣という少し強面の役者をこういうふうにいじくれば...という大森監督の作為的な意図がちょっと感じられたりもします。でも映画の撮影が終わった後、大杉漣は共演した猫・トラを家族として引き取ったそうです。そのエピソードが全てなのではないでしょうか。映画のラスト・シーンが事実として残っていることが嬉しい限りです。






実はテレビドラマ版のほうが本気度が高いのかもしれませんね。



こっちも見てみたいです。

『おくりびと』 涙は本能 [映画]

映画『おくりびと』を観た。
これで二回目だ。


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一ヶ月前から台湾の若い人たちとこの映画を一緒に観ようという計画を立てていたのだが、「泣ける映画」ということだったので彼らに泣いているところを見せるわけにはいかないと思って、予行演習をかねて事前に一人で観ていたのだった。その時は平日のガラ空きの映画館だったので周りを気にすることはなかったが、自分でも呆れるほど泣いてしまった。いや、正確に言うと涙が止まらなかった。頭で考えるヒマもなく、じんわりと感情が高ぶるのを待つまでもなく、気がついたら涙がこぼれ落ちていたのだ。ちょうど映画のラストシーンで本木雅弘の瞳から涙がこぼれる落ちるのと同じように、あふれ出る涙を止めることができなかった。


結局、「泣かないための練習」は無駄なものだと思った。


そして今晩、『おくりびと』二回目を迎えたのだが、さすがに内容を知っていることもあってか冷静に映画を観ることができた。またこの日は満員で、前から二番目の座席に座っていたのでスクリーンと向き合うのに首がつらく、何度も姿勢を直したりしているうちに感情をコントロールできたのかもしれない。しかし、それでもラストはやっぱりどうしようもなかった。

映画が終わった後、一緒に観た若い人たちは「誰が泣いた、誰が泣かなかった」という話題でキャッキャと騒いでいた。そう、彼らはまだ若い。中にはわたしの年齢の半分にも満たない子もいる。年齢だけでなく、まだ今まで家族や大切な人を亡くしたことがない人もいることだろう。やがてそういう日がやってくることを想像することもなく明るく暮らしている彼らに、そのことを問いかけてみても無理なことなのかもしれない。それは何一つ悪いことなどではなく、むしろ幸せなことなのだから。


『おくりびと』という映画は決して悲しい映画ではない。
もちろん納棺という儀式は故人と向き合う時間だし、そこに映画を観る人の個人的な記憶などが重なってくるとなかなかつらいものがある。しかし死者のすぐ横に残されて、その人の不在を受け止めて生きていかなければいけない人々の姿がしっかり描かれていた。それがとても素晴らしいと思った。生きることの象徴でもある人間の性欲も食欲も、死とすぐ隣り合わせの場所で営まれているものなのだ。理屈ではない。それが人というものなのだから。


だから、涙が出たのだ。
感情ではなく、本能で涙したのだ。


映画鑑賞後にみんなで食事した。
久しぶりに食べたボリュームたっぷりの洋食。
若い彼らに負けず、わたしもいっぱい頬張った。
料理もビールもうまかった。


SHINE A LIGHT [映画]

久しぶりに劇場で映画を観た。

マーティン・スコセッシ監督『SHINE A LIGHT』。
ローリング・ストーンズのライブの模様を撮った映画だ。

ストーンズのコンサートを撮った映画は過去にもあった。
ハル・アシュビー監督(故人)による『Let's spend the night together』(1983)は高校1年生の時に観た映画だ。昔大阪にあった大毎地下という小さな映画館で、この映画をなんと五回も観た(なぜか決まって『戦場のメリー・クリスマス』との併映だったが)。それ以来ローリング・ストーンズは、もういつも自分のそばになくてはならない、体の一部となってしまった。

ストーンズを扱った映画作品。
これは映画ファンで、なおかつストーンズ・ファンでもある者にとってはちょっと難しい。まず映画作品として客観的に評価できるものなのか。そしてストーンズ・ファンとして果たして満足できるものなのか。どちらの立場でもあるわたしにとっては、まさしく微妙なものだったのだ。

結果は、わたしにとって最高のものだった。

さすがスコセッシ監督。映像がとても美しい。
漆黒の闇との対比から飛び出す光り輝く映像が劇場全体にあふれるようだった。リハーサル風景やビル・クリントン元大統領のスピーチ、ゲスト・ミュージシャンとの共演など見所もたくさんある。またライブの合間に時折入る懐かしく貴重な映像、メンバーのコメントがとてもユニークで、いい息抜きになる。一緒に映画を観た同僚のカナダ人・Davidが大笑いしていた。やはり直接英語で理解すると違うのだろうな。

それにしても若かりし頃のミックが、「60歳になってもロックを続けていると思うか」と聞かれて、「もちろん、普通にそう思えるよ」と答えているのにはため息をついてしまった。この映画の主人公・ローリング・ストーンズのメンバーはすでにみんな60歳を超えているのだ!彼らの顔にはすっかり深いしわが刻み込まれている。しかし、体は見事なまでにシェイプアップされていて、かつてジャンキーだった頃の不健康さが微塵もないのだ。彼らが発散するその物凄いエネルギーには、ただただ圧倒されるのみだった。

そもそもストーンズは技術的に高い演奏能力をもったバンドではない。キース・リチャーズもロン・ウッドも決して超絶したテクニックがあるギタリストではないのだ。Davidが言うように「4人一緒になると、とてもいい音楽が作れる」のがストーンズの不思議な魅力だ。ただ、ストーンズの音楽は万人受けするものでもないようだ。「一体、ローリング・ストーンズのどこがいいのか?」という感想も珍しくない。確かにビートルズの音楽が誰でも受け入れられるのと比べ、ストーンズの音楽はメロディで聞かせるような曲があまりない。彼らの音楽は、アメリカの黒人ブルースをベースにしたことによる泥臭さにこそ魅力があるのだと思う。シンプルなロックン・ロールのリズムに、彼らが解釈したブルースの黒っぽいものが加わったストーンズの音楽は、独特のグルーブをともなって唯一無二のものとなっているのだ。わたしなどはストーンズの音楽を聴くと、もうどうにもこうにもじっとしていられないくらい体が反応してしまう。「ストーンズは体の一部」とは、もはや正直な感想なのだ。

演奏が終わり、舞台裏へ引き上げていくバンドのメンバーたち。
スコセッシ監督がカメラを誘導していく。
バック・ステージの闇から黄金色に輝くニューヨークの夜景へ...
見事なエンディング、SHINE A LIGHTだった。

Pretty Good,Right?

Davidもこの映画の出来に満足している様子だった。
帰り道、興奮覚めやらぬ二人は中国語と英語のチャンポンで、
熱くロックについて語り合ったのだった。






Shine a Light (Ws Dub Sub Ac3 Dol Sen)

Shine a Light (Ws Dub Sub Ac3 Dol Sen)

  • 出版社/メーカー: Paramount
  • メディア: DVD





ザ・ローリング・ストーンズ×マーティン・スコセッシ「シャイン・ア・ライト」O.S.T.

ザ・ローリング・ストーンズ×マーティン・スコセッシ「シャイン・ア・ライト」O.S.T.

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M)
  • 発売日: 2008/04/09
  • メディア: CD




日本でも12月5日から劇場公開されることが決まったようです。
ストーンズ・ファンも、そうでない方もぜひ!!

ここにもミスター・ビーン [映画]

1990年代に海外旅行で国外の航空会社を利用された方なら、機内サービスで『ミスター・ビーン』をご覧になる機会があったのではないだろうか。わたしはこの時に初めてミスター・ビーンと出会った。それは今思い出してもとても衝撃的な出来事だった。

思うに、飛行機で過ごす時間というのはかなり特殊なものだ。これが海外だと一人で飛行機に乗る場合、隣に座る人のことなどその場限りなので何も気にとめる必要はない。ところが機内という密室のなせるわざか、なぜかつい隣の乗客とおしゃべりしてしまうことが多いのだ。普段から別におしゃべりではないのに、これはどうしたことなのか...

飛行機が高度を上げて、シートベルト着用のサインが消える頃、その映画は始まった。字幕はないが、ほとんどセリフがないので内容は簡単に理解できる。その奇怪な風貌のコメディアンは容赦なくわたしの笑いのツボを攻撃してきた。始めはこらえながら“クックック”と笑っていたのだが、次第にこらえきれず叫びに近い笑い声をあげていた。さっきまで一緒に話していた隣の乗客も声をひきつらせて笑っている。その様子に刺激を受けて、わたしは更に高い笑い声をあげてしまった。


映画はあっけなく終わった。
隣の人とはなぜかその後、一言も話さなかった。
どちらもあんなに笑っていたのに...


『ミスター・ビーン』は映画館などで大勢で観るものではない。
ましてや友達、恋人、家族と観る映画などでは決してない。
飛行機の中では異様に楽しめたのだが、まったく一人きりで楽しんでいたような気がする。
それは一回性のものであったということと関係があるに違いない。
きっとそこには何のしがらみもなかったのだ。
この経験をきっかけに、「笑い」というものは実に奥深いものなのだと思うようになった。


とにかく、『ミスター・ビーン』はおもしろい。
人によって好き嫌いがはっきり分かれるとは思うが、時にあまりにブラックすぎる笑いで戸惑いを覚えることがあっても、ミスター・ビーンは本来「笑い」のもつ残酷でアナーキーな側面に迫り、それに挑戦している。


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『ミスター・ビーン』で最も好きな作品(季節外れですが)。








台湾では日本より安くCDやDVDを購入できるので嬉しいです。
もちろん、『ミスター・ビーン』のDVDも買いました。


ところがそこにおもしろいものを発見!


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ミスター・ビーン = 豆子先生(!!)



実は中国語で、
豆(bean)は「豆子」
そして、ミスター(Mr.)は「先生」なのです。



だから、こういうことになります。



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うちにもミスター・ビーンがいることが判明しました。
もちろん、彼です。


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本家に負けないくらい、かなりおもしろキャラの豆子(マメ)です。

かもめ食堂 [映画]

映画『かもめ食堂』はDVDで見ました。

観たことがない映画を、いきなりDVDで買うなどということは普通ありえません。しかし台湾に住んでいるかぎり、この映画を観ることはできないので、去年思いきって買ってしまいました。

『かもめ食堂』は、いわゆるミニ・シアター系のロードショーとしては異例のロングランを記録した映画です。この映画の人気を支えたのは公のマスメディアを通しての評価ではなく、ブログ間での口コミだったと思っています。わたし自身、多くの人のブログ記事を読んでかなり影響を受けました。そして、「この映画だけはどうしても!」と思って、まだ観たこともない映画のDVDを初めて買ってしまったのです。

いい映画でした。

小林聡美、片桐はいり、もたいまさこが三人揃った時に演出される絶妙の間(ま)のとり方。これはすごかった! 三人が演じる役のイメージもはっきりしていて、それぞれがその役に徹している感じもいいなと思いました。

 

この映画のキーワードになる二つのもの。それはおにぎりとコーヒーです。

どちらも日本人にとってはとても身近なもので、決して特別なものではありません。主人公の日本人女性は、フィンランドという土地で小さい食堂を開き、おにぎりを提供することにこだわります。コーヒーは最初、この女主人なりに淹れ方には自信があったのか、食堂を訪れる人に気軽に振る舞っていたのですが、ある日訪れた客に、もっとおいしいコーヒーの淹れ方を伝授されます。

映画の中で、おにぎりとコーヒーには共通点がありました。どちらも簡単なものでありながら、他人(ひと)に作ってもらったり淹れてもらったりするからこそ、おいしいと感じられるものだということです。これには「なるほどなぁ...」と感心させられました。

 

そばに大切な人がいる時、あるいは大切に思いたい人がいる場合、このことは忘れないようにしたいなと思いました。

 

かもめ食堂

かもめ食堂

  • 出版社/メーカー: バップ
  • 発売日: 2006/09/27
  • メディア: DVD

 


再び ザ・コミットメンツ [映画]

若い時は友だちとつまらないことで喧嘩したり、笑いあったり、涙を流したりしたものだけど、なぜだか仲直りも立ち直りも早く、そんなに尾を引くことはなかったような気がします。それにしても、それらの一つ一つを昨日のことのように鮮やかに思い出せるから不思議なものです。

バンド活動などやったことがないのですが、この映画を観るととても感情移入してしまいます。まるで自分もバンドをやっていたように錯覚するくらいです。映画の中の、バンドのマネージャー・ジミーの一人語りが、若かったあの頃のほろ苦い思い出をよみがえらせるのでしょうか...

年をとったとは思わないけど、もう決して若くはないと思うことが増えた今日この頃。久しぶりに『ザ・コミットメンツ』をDVDで観て、元気をもらいました。

ザ・コミットメンツ

ザ・コミットメンツ

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2004/08/02
  • メディア: DVD

 

ブログを始めて1年が経ちました。

去年の2月12日に同じ映画の記事からスタートしたのですが、それからもう1年。早いものです。この間、ブログを通してたくさんの方と知り合うことができました。ブログは個人の好きなことを書けばいいものだと開き直って書いてきましたが、他の方々のブログ記事から影響を受けることが多く、世界が広がったような気もしています。それは自分にとって本当によかったと思います。

 

ラーとともに厚くお礼申し上げます。

これからも、どうぞよろしくお願いします。

 

 


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レンタル屋 オープンしました(古書店のような店が理想です) [映画]

ココさんの記事に触発され、「レンタル屋バトン」に挑んでみました。

商売は度外視し、「情報発信型」ではなく「情報発掘型」を目指します。

  

★☆★ルール★☆★

 No.1 自分の好きな映画から選ぶ

 No.2 1監督につき1作品とする

 No.3 自力で思い出す

 No.4 外国映画、日本映画は問わず

 

ヨッシャー!とばかりに、最初のうちは調子よく並べていったのですが、「ヌ」「ネ」「ヤ」「ル」で詰まってしまい、調整もあって結局五日もかかってしまいました。道を歩きながら、ご飯を食べながら「ヌ、ヌ、」「ル、ル、」とつぶやく毎日から解放されて、今はホッとしています。

趣向がかなり偏っていること、一般的におすすめできない作品も含まれていることとで、nice!の設定は外しております。ここにあげた個別の作品、監督についてコメントをいただけたら、とても嬉しいです。

 

  台湾の神様

 

「明日いきなり、レンタル屋をオープンしなきゃいけなくなった!」

さあ、映画を集めよう!

 

<>甘い生活(フェデリコ・フェリーニ)

<>インディア・ソング(マルグリット・デュラス)

<>ウンタマギルー(高嶺剛)

<>エル・トポ(アレハンドロ・ホドロフスキー)

<>オルフェ(ジャン・コクトー)

<>ガープの世界(ジョージ・ロイ・ヒル)

<>去年マリエンバートで(アラン・レネ)

<>蜘蛛女のキス(ヘクトール・バベンコ)

<>激突!(スティーブン・スピルバーグ)

<>恋人たちの食卓(アン・リー)

<>さよなら子供たち(ルイ・マル)

<>獅子座(エリック・ロメール)

<>スモーク(ウェイン・ワン)

<>千年刻みの日時計(小川紳介)

<>ソドムの市(ピエル・パオロ・パゾリーニ)

<>丹下左膳余話・百万両の壺(山中貞雄)

<>菊豆(張藝謀)

<>ツィゴイネルワイゼン(鈴木清順)

<>ディーバ(ジャン・ジャック・ベネックス)

<>時計じかけのオレンジ(スタンリー・キューブリック)

<>ナイト・オン・ザ・プラネット(ジム・ジャームッシュ)

<>ニューヨーク1997(ジョン・カーペンター)

<>ヌーベルバーグ(ジャン=リュック・ゴダール)

<>眠る男(小栗康平)

<>ノスタルジア(アンドレイ・タルコフスキー)

<>反則王(キム・ジウン)

<>非情城市(侯孝賢)

<>不安と魂(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)

<>ベニスに死す(ルキーノ・ビスコンティ)

<>火垂るの墓(高畑勲)

<>真夜中の虹(アキ・カウリスマキ)

<>ミツバチのささやき(ビクトル・エリセ)

<>無能の人(竹中直人)

<>夫婦善哉(豊田四郎)

<>モーターサイクル・ダイアリーズ(ヴァルテル・サレス)

<>ヤンヤン 夏の思い出(エドワード・ヤン)

<>ユリシーズの瞳(テオ・アンゲロプロス)

<>欲望のあいまいな対象(ルイス・ブニュエル)

<>ラウンド・ミッドナイト(ベルトラン・タヴェルニエ)

<>リフ・ラフ(ケン・ローチ)

<>ルパン三世 カリオストロの城(宮崎駿)

<>レオン(リュック・ベッソン)

<>ロビンソンの庭(山本政志)

<>ワイルド・アット・ハート(デイヴィッド・リンチ)


ミツバチのささやき [映画]

「趣味は映画鑑賞です」

自己紹介の時にそう言う人は多いと思います。

「趣味はテレビ鑑賞です」と言う人はいないはずです。

わざわざ映画館に足を運んで、決して安くないチケットを買って、決められた時間そこにじっと身を置くという行為は、今の時代とても贅沢な時間の使い方ではないでしょうか。読書は時間や場所を自分で選べますが、映画を観るにはそこへ行かなければならないのですから。

何よりも映画は多様でありながら、どんなものでもテレビとは明らかに違って、一つの作品としての性格を持っています。そういうものと向き合うわけですから、趣味だといっても決して恥ずかしくないわけです。

映画は本来、人々の娯楽であったはずです。わたしも幼い頃、家族に連れられて見に行ったことがきっかけで映画の魅力にはまっていきました。次第に一人でも映画を観に行くようになったのですが、高校二年生の時に出合った一つの作品には、とても大きなショックを受けました。

予告編が終わって、その映画が始まった途端に、わたしはだらしなく前に伸ばしていた足を慌てて引っ込めました。その映像と音に釘づけになってしまったのです。うまく言えませんが、何か映画の持つ魔力みたいなものを感じ、その世界に引き込まれていったのです。

 

それが、『ミツバチのささやき』(1973年・スペイン)という映画です。

 

この映画の主人公は小さな女の子です。

まるでこの映画のために生まれてきたのではと思ってしまうほど、この子は作品の中でそのままの姿で生きていました。名前は「アナ」。演じたのはアナ・トレントという当時6歳の女の子です(彼女は現在も映画女優として活躍しているそうです)。

舞台はスペインのとある小さな村。内戦の傷跡が残るこの小さな村で、静かに平和に暮らすアナとその家族。ある日アナが姉と一緒に観に行った映画「フランケンシュタイン」。ここからストーリーは始まるのですが...

この映画について、そのストーリーをおおまかに語るのは非常に野暮なことです。なぜなら、そこには映画を観る人を驚かせるような特別なトリックなど、何一つ用意されていないからです。

『ミツバチのささやき』には、ストーリーを説明するセリフがありません。ただ映像と音だけを全身で感じる映画なのです。しかし、それで十分理解できる映画であり、決して難解でさまざまな解釈を生むような作品ではありません。だからこそ、この映画は衝撃的でした。これを映画の力と言わずして何と言おうか...

この作品を撮ったビクトル・エリセ監督は非常に寡作な映像作家で、これまで一般公開の作品はたったの四本です。つまり「10年に一本」しか撮らない映画監督なのです。 どんな分野でも、いいものを作るのに時間がかかるのは当然のことなのでしょうが、この映像作家の場合は、映画を作るのにどうしても10年かかってしまうようなのです。 思わず、言葉を失ってしまいます。

 

DVD、今のところ再販の予定がないようで、とても残念です。

わたしは昔、NHK・BSやVHSのソフトを録画して持っていたのですが、よくある話で、以前誰かに貸したまま、それが今どこにあるのか分からないのです。


音楽三昧の映画三本 [映画]

以前の記事でもご紹介した、台湾の四都市を巡回するThe Imprint of Sound 「馨音的痕跡」影像V.S音楽影展。当初は「全部観てやる!」と意気込んでいたものの、日程の都合とOne Plus One-Sympathy for the Devilのチケットが全てSold Outになるなどして、結局観ることができたのは三作品だけでした。

台北之家

上映会場の台北之家はもともと日本統治時代に建てられたもので、その後中華民国のアメリカ領事館として利用されていたました。現在は侯孝賢監督らが中心になって、ここを台湾やアジアの新しい映画を発信する拠点にと、様々な映画会や講演会が開催されています。その他にも映画に関する書籍やDVDなどを販売するショップが併設されていて、ぶらっと立ち寄るにもいいところです。コロニアル風の建物はきれいに補修され、レストランやカフェもあり、夜は賑やかな中山北路沿いにありながら、静かで落ち着いた雰囲気をかもしだしています。

上映を待つ人々

 

今回観ることができた三作品はどれも素晴らしいものでした。

Tosca's Kiss (Il bacio di Tosca)  

監督のダニエル・シュミット、カメラのレナート・ベルタは名コンビ。美しく幻想的な映像は、作品を単なるドキュメンタリーとは一線を画すユニークなものにしています。それしても驚くのは映画の舞台が養老院であるということ。しかも、ここで生活する人々はかつてオペラ歌手だったり、指揮者だったり、音楽大学の教授だったりと、すべて音楽家なのです。こういう施設が100年以上前に開設されたということが更に驚きでした。

老人ばかりが出てくる映画なのに、溢れんばかりの生のエネルギー!廊下であろうと、自室であろうと、気の向くままに歌声をあげる元オペラ歌手たち。かつての舞台衣装を得意気に取り出し、いつしか薄暗い物置が舞台になってしまっていたり...忍び寄る老いの気配を感じながら、生ある限り人間としての輝きを保とうとする人々の姿に感動しました。

Moro no Brasil

 
ミカ・カウリスマキ監督が、寒風吹きすさぶフィンランド・ヘルシンキの道を歩く。強風で足元を這うように吹き流れる雪が、やがてサンバのリズムと重なり、次の瞬間には灼熱の太陽が照りつけるブラジルの大地へ!映像と音の見事なマッチングから始まるこの映画は、まさに音楽の洪水でした。
サンバのルーツを探るカウリスマキ監督は、はじめこの地に古くから住む先住民や奴隷として運ばれてきた黒人たちの音楽に目を向けるのですが、やがて一つの答えにぶつかります。サンバは生活する人々の言葉であり、リズムなのだと。つまり、ブラジルそのものがサンバなのだと。
音楽を作る人にとって、魅力的な音のサンプルがゴロゴロ転がっているブラジル。それらの更に魅力的なものだけが都会へ流れ込み、宝石の原石が磨かれるようにして洗練されていくさまは、あの世界最強のサッカーと同じなのだなあとつくづく感じ入りました。
もうすぐワールドカップ。開幕初戦のブラジルのゲームが楽しみで仕方ないわたしは、この映画を観て再びブラジルの魅力にとりつかれてしまいました。

Glenn Gould Hereafter

グールドのピアノを弾く姿が大画面で映し出されただけで、鳥肌がたってしまいました。目の前にあの天才がいて、しかもピアノを弾いている!

突然の演奏活動の停止はもとより、ピアノを弾きながら発するうなり声(鼻歌)、ピアノを弾くには低すぎるように思える椅子、片時も放さない手袋、時におそろしく饒舌にしゃべることなど、グールドの奇人ぶりについては語りつくせません。しかし、彼の弾くピアノの美しさに比べたら、これ以上の驚きなどありません。

今回改めてわかったことは、こんなに偉大な天才が私たちのような凡人を前に、音楽についてわかりやすく丁寧に解き明かそうとしていたことです。ステージでの一切の演奏活動をやめ、テレビやラジオを通して語り続けたグールド。

わたしたちは彼の勇気ある実験に立ち会うことが許されたのです。こんなに素晴らしい贈り物があるでしょうか。


 

トスカの接吻

トスカの接吻

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • 発売日: 2001/02/23
  • メディア: DVD

 

モロ・ノ・ブラジル

モロ・ノ・ブラジル

  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 2004/06/19
  • メディア: DVD

 
*ここでご紹介したグールドの映画はまだDVD化されていないようです。

 


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